ちょっとひとやすみ

▼危うく小教区報に穴を開けるところだった。田平小教区は月末の日曜日に小教区報を発行しているが、今月は24日が最終日曜日である。わたしはもう一度日曜日があるくらいに考えてのんびりしていたがよく考えると来週は10月1日が日曜日ではないか。
▼あわてて原稿作成に取り組む。主任司祭が用意するものは3つ。1つは主任司祭に割り当てられている毎月1頁のお話。1つは人物の動静。1つは主任司祭の来月の行動予定。分量としては1頁の話がいちばん多いが、作業としてはいちばん楽かもしれない。
▼むしろ人物の動静と、来月の日程表の提出が大変だったりする。来月の日程などはいつも「来月の分は早めに準備しておこう」と思うのだが、結局ギリギリになって予定を埋めていく。そうして、3つの責任が重なって重荷になる。
▼まあ、それでも仕事をしているのは楽しいものだ。今週の「ぶどう園の労働者」のたとえでも、主人が雇い人に最後まで仕事を与えるのは、人が労働をすることで人間らしさを回復することを知っているからである。毎日、時を無為に過ごせば、いつか人間としての誇りも失ってしまう。
▼それでも、同じ仕事をいつまで同じようにできるか、心配になることは多い。キーボード入力しているこの両手も、いつまで正常に動いてくれるかわからないし、声もいつまで失わずにいられるか分かったものではない。人間はいつまでも期待するが、それは期待しすぎである。
▼今週も、何とか説教も仕上がったし、締め切りの迫った小教区報の原稿も整った。大きな仕事としては、百周年記念誌の原稿が気がかりだ。無事に原稿が集まり、日の目を見ることを切に願っている。

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今週の1枚
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第512回目。甲子園で、真っ赤。甲子園で、胴上げ。甲子園で、泣いた。

詳細は、「こうじ神父今週の説教」(ブログ)にて。

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