ちょっとひとやすみ

▼歳を感じ、ショックを覚えた。ここで天に帰るのかとさえ思った。風呂に入り、浴槽の湯を抜いて、タイルの床に片足を掛けたときだった。足が滑り、倒れそうになったので浴槽の足で踏ん張った。するとその足も滑り、さらに手をついて支えようとしたら手も滑って肘を強く打ち、肘の皮膚が切れて出血した。
▼「風呂場で転んで怪我をする」とか「風呂場で溺れて命を落とす」といったことは年寄りに起こるもので自分は関係ないと思っていたが、初めて足を滑らせ、痛い目にあってみると、他人事ではないとつくづく思う。歳を取ったのだと思い知らされ、ショックを覚えた。
▼それから数日して、徐々にすねとか、他にも痛めている場所があることが分かり、本当に悲しくなった。歳を取ったことは認めるが、足が滑るような年寄りだとは思っていなかったので、今回のことはとても落ち込んでいる。
▼これと変わらないくらい落ち込む出来事が同じ日に起きた。風呂で足を滑らせた時点で「今日は用心しろよ」という合図だったのに、それを無視したことが悔やまれる出来事だ。またも江迎中学校近くの高架下。この時は佐々からの帰り道だったので、通行時間の規制はないのだが、高架下をくぐって県道に出る時、必ず一時停止が必要な場所である。
▼月曜日で、司祭団ソフトの練習でみっちりしごかれ、疲れて少しでも早く帰りたい気分だった。軽トラックであったこともあり、坂道発進が苦手な私は、オートマでない車で坂道発進をして後続の車に迷惑をかけたくなかった。そこでじわっと減速しただけで一時停止を通過し、県道に出た。「警察は見たところいない。大丈夫だ」そう思って後ろを振り返ると、私の直後に警察車両がピッタリくっついていた。
▼頭が真っ白になり、「これはもう死んだ」と思った。天に昇ったかと思った。ところが警察車両から「止まれ」とか車のナンバーを呼ばれることもなく、ただピッタリくっついてくる。落ち着いて、「マツモトキヨシの先の分かれ道で警察車両をかわそう」そう思って自分は右折ラインに移動した。
▼それなのに、警察車両も右折ラインに並んできた。警察車両は直進するに違いないと思って右折ラインに乗ったのに、なぜ私の後ろに並ぶのか。ここからがオチだが、この警察車両はただ単に江迎警察署に帰って昼を過ごそうとしていただけだったのだろう。側道から合流した私が一時停止違反をしたことも知らなかったのかもしれない。
▼仮に私の一時停止違反を知っていたとしても、彼らは昼の時間をゆっくり過ごすことを優先し、やり過ごそうと思ったのかもしれない。一日に二度、昇天しかけたことは、「暑くて判断力が鈍っていたとしても、用心を忘れてはいけない」という強い警告だったのだと思っている。

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今週の1枚
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第565回目。暑さで食欲減退。それでもカニは「おいしい、食べたい」と思う食材。

詳細は、「こうじ神父今週の説教」(ブログ)にて。

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