ちょっとひとやすみ

▼初めての助任としてお仕えした川添神父様が85歳で亡くなった。11月17日は長崎教区が発行する来年度からの祝日表に川添神父様の命日が掲載されることになる。まさかこんなに早く、お仕えした主任神父様を失うとは思わなかった。
▼すでに二度目にお仕えした神父様は亡くなっているので、まったく予想しなかったと言えばうそになるが、誰でも親には長生きしてほしいのと同じで、川添神父様には90歳になっても生きてくれるものだと勝手に思っていた。
▼たくさんの思い出がある。川添神父様は俳号を持つ俳句の先生だったので、ゴマするために俳句(のようなもの)を応募して点数稼ぎをした。あまり筋も良くなかった句を、「船ゆるる・四月末日・初赴任」と整えてもらった。生涯でただ一つ作って、それを整えてもらった中田神父の俳句である。
▼「毒にも薬にもならないことはするな。」これが川添神父様の口癖だった。薬になることはわかるが、「毒」になるほうは、二度と失敗しないための戒めだったのだろう。今でもわたしがアイディアを練る時の基本姿勢である。
▼「うっ!この食材は傷んでる。新司祭は食べないほうがいい。」何度かこう言われて遠慮した食材は、結局わたしが知らないだけで実はグルメも唸る高級食材だったりした。何度か食べ損ねて悔しい思いをした。今はわたしが「うっ!」と言っては賄さんをおどかしている。
▼「おい」何年かはこの呼び方だった。「中田神父様」と呼ばれるようになった時、本当にうれしかった。それはある意味主任神父様のもとを巣立って、助任司祭から主任司祭になっていく日が近づいているからだった。名前で呼ばれるようになって巣立っていった先輩助任神父様たちは、今はそれぞれ川添神父様自慢の主任司祭である。

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今週の1枚
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第520回目。1993年3月23日。24年後私は田平主任、シスターTは保育園主任に。

詳細は、「こうじ神父今週の説教」(ブログ)にて。

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