ちょっとひとやすみ

▼小教区で司祭叙階25周年の祝いを設けてもらった。5月28日のことなのでここで話すのは「おおよその予定」なのだが、ある意味、25周年をどこで迎えているだろうかというのは25年前に考えていたことだ。
▼田平教会で祝ってもらえるなどとは夢にも思わなかったわけだが、与えられた答えは申し分のないものだった。両親ともに健在で祝ってもらいたかったが、少なくとも母親は健在でミサと祝賀会に参加できる。5月31日に亡くなった父も、この日の祝いを喜んでくれているだろう。
▼25周年を迎えた先輩方は星の数ほどおられるが、やはりいちばん影響を受けたのはわたしが司祭に叙階された時の郷里の主任司祭萩原師だ。萩原師は田平教会出身であり、不思議な巡り合わせで、司祭職に導いていただいた先輩の50周年(金祝)をわたしが整えてあげることができた。
▼萩原師が25周年の時、福岡の大神学院で感謝のミサを共にささげ、その時説教をしたのを覚えている。わたしたちは神に託された手紙のようなもので、神が手紙の内容を書きつける。その内容をわたしたちは告げ知らせるのだと、そういう内容だったと思う。神に刻まれたみ言葉を生涯告げ知らせる姿は、わたしの中にも宿った。
▼説教の姿勢も、そのスタイルも、萩原師とは違う。ひょっとしたらお気に召さないかもしれない。けれども、師の精神はわたしの原動力だ。わたしもこれから生かされている間は説教を練り、積み重ねていくつもりである。

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今週の1枚
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第494回目。もしチャンスがあれば、叙階25周年のミサと祝賀会の様子を。

詳細は、「こうじ神父今週の説教」(ブログ)にて。

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