年間第2主日
(ヨハ1:35-42)
わたしたちはメシアに出会った

●主の降誕と降誕節が終わり、年間の主日が少し進みます。2月半ばの灰の水曜日を迎えるまで、イエスの語りかけに耳を傾け、また復活後の献堂百周年に向けて、高い目標をもって過ごすことにしましょう。
●わたしの洗礼名は聖トマ使徒です。祝日表で7月3日を見るとそう書いています。ただ祝日表の後ろのほうにある教会住所録で田平教会を見ると、田平教会の主任司祭としてトマス中田輝次と記載されています。
●なぜ違うのかは、今日の説教からずいぶん離れるのですが、教区に履歴書を届ける際、当時は新共同訳聖書が浸透し始めたころで、新共同訳に倣って洗礼名を「トマス」と届けたのでした。教会の典礼で使用される呼び名で届けるべきだったと、今となっては後悔しています。
●さてこの洗礼名をいただいたのは、代父になってくれた喜蔵おじさんの洗礼名がトマだったからです。50年前のことですから、はほぼすべての人が代父母の洗礼名をもらっていたのです。小さいころから「抱き親」と言って親しくしていまして、正月とか大切な日には遊びに行っていました。
●喜蔵おじさんはわが家と違って非常に信仰熱心でしたので、おじさんの家に長居すれば、ロザリオと晩の祈りのおまけつきでした。それには閉口しましたが、よく鍛えてもらったものです。誰かの家に寄せてもらえば、その家のしきたりに従うのが当然のことで、その家のしきたりから多くを学びます。もし自分に合わないしきたりであれば、早めにお暇することになります。
●今週の福音朗読で、ヨハネの二人の弟子が、洗礼者ヨハネに促されるようにして「ラビ、どこに泊まっておられるのですか」(1・38)とイエスのもとを訪ねて行きます。彼らはどこにイエスが泊っておられるかを見、そしてイエスのもとに泊まりました(1・39参照)。
●わたしが代父となってくれたおじさんの家にお世話になってそのしきたりを学んだように、ヨハネの二人の弟子は、イエスのもとに泊まったことで、多くを学んだに違いありません。ヨハネ福音記者が「見た」という言葉を使うとき、それはただ肉眼で見ただけではなく、「理解した」という意味でも使われています。
●ですからヨハネの二人の弟子はどこにイエスが泊っておられるかを見たとあるのは、イエスがどのように時間を用いているか、どのように食事を始めて、食事を終えるのか、一日の終わりをどのように過ごして床に就くのか、事細かに見て理解したのです。
●「泊る」ということも同じように考えて間違いないでしょう。イエスの暮らしを体験し、イエスの生き方に自分も共感し、こんな生き方をわたしたちもこれからしたい。そう思わせるだけの豊かな体験をしたのです。ただ単に泊っただけではなく、イエスと一緒に寝食を共にすることに決めたのです。
●わたしたちも想像してみましょう。わたしたちはイエスと時代も場所もまったく違いますから、ふつうに考えればイエスがどこに泊まっておられるかを見ることもできないし、イエスのもとに泊まることも叶いません。しかしわたしは、イエスがどこに泊まっておられるかを見る方法を、イエスのもとに泊まる方法を示したいと思います。
●こういうことです。ヨハネの二人の弟子はイエスが暮らしの中でごく自然に御父に祈り、祝福をして食事をし、御父と共に眠りにつく様子を見たはずです。わたしたちが同じ生活を目指すなら、そこにはイエスがおられ、わたしたちはイエスのもとに泊まる者ではないでしょうか。
●時代と場所を超えて、わたしたちはイエスがどこに泊まっておられるかを理解しています。望めば、イエスのもとに泊まることもできます。わたしたちが暮らしの中で、父なる神に祈り、父なる神と共に眠りにつくなら、そこはイエスが泊っておられる場所なのです。
●もう一つ加えましょう。イエスに従った二人の弟子は、シモンに出会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言いました(1・41)。それはイエスに出会った者、イエスのもとに泊まった者にしか語れない言葉です。
●ではわたしたちには語れない言葉でしょうか?わたしはそうは思いません。わたしたちもまた、「わたしたちはメシアに出会った」と、人々に語ることができます。もしわたしたちがイエスのもとに泊まる生活を価値あるものだと思うなら、語る必要があるのではないでしょうか。
●「わたしたちはメシアに出会った。」これは二千年前の、わたしたちには望むことすらできない出来事なのではなく、今もわたしたちの暮らしの中で、望めば叶えることができるし、告げ知らせることができるのです。

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‥次の説教は‥‥
年間第3主日
(マコ1:14-30)
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