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19/01/01(No.981)

▼新年明けましておめでとうございます。カトリック新聞に前田万葉枢機卿様のインタビュー記事が載っていた。予想はしていたが、大司教の時よりも激務のようだ。お体に十分留意してください。健康のために短いお祈りをささげます。
▼12月29日から教会敷地内に設置されている「案内所」が年末年始の業務を閉めている。年に一度、「はい、田平教会です。1月3日まで拝観を停止しております。外観のみ見学ください」と案内をする時期だ。もちろん主任司祭が案内する。
▼12月29日、この記事を書いている時点で案内業務の電話がかかったのは一本。今境内内で歩いて回っている家族?が一組。この家族の子供は公園か何かと混同しているのか、すごくはしゃいだ声だ。誰も声をかけない期間だから、公園と見間違えてくる人もいるのかも知れない。
▼これからすぐに黙想会が始まる。1月2日は、帰省者のための黙想会が田平教会の恒例行事だ。初めは「毎年黙想会をするのか〜」とため息をついていたが、ものは考えようで、ここで話したことがあとで実になることもあるだろうから、黙って引き受ける。ちなみに今回話す内容の半分は、佐世保地区でも講師として話すことになっている。
▼自分の中では、今年は「献堂百周年を受けて、一歩前に出る田平教会信者になりましょう」というテーマを持っている。私たちが受け継いだ信仰の宝物を、「守る」姿勢で接するよりも、「一歩前に出て、人々に示す」姿勢で接して欲しいからだ。
▼そういうつもりで、来月の教会新聞「瀬戸山の風」には書こうと思っている。思いついたことを書く。何度か読み返してみて、「これで行こう」と思ったらテーマと言うよりも思ったことを書く。「いきなり書いた」「相談して欲しかった」そう思う人は、動きが一歩遅いのではないだろうか。


19/01/06(No.982)

▼銀祝の祝いに佐世保の親戚から贈ってもらった「黄金」。ではなく「ルームランナー」。一昨年はみっちり使ったが、去年の司祭団マラソン大会を終了したらパタッと使わなくなった。申し訳ないと思いつつ、もう一度使うきっかけがなかなか来なかった。結局今年のマラソン大会に向けて、一年ぶりに使う羽目に。
▼いろいろ細かな設定はないが、10分、20分、30分の設定タイムがあり、4種類の運動メニューがある。これだけあれば、自分のレベルなら十分である。もし使い続けて故障したら、十分使ったということで報告して、その時点でさらに上級の機械を買ってもよい。
▼寒い時期にトレーニングすると、お風呂が困る。お湯をためておくにも、自動で止まらないので見に行かなければならない。20分でお湯がたまるが、トレーニングは40分、できれば50分続けたい。すると20分使ってお湯をために行き、戻って20分続け、お湯を止めに行ってさらに戻って10分。この行ったり来たりがどうも。
▼快適に暮らすために住まいの改築をする人もいると思う。幸いに風呂場は文化財に含まれない。改築して快適なお風呂環境を利用できる期間は限られているが、私の時代にしたことで恩恵を受ける人たちがまだまだいる。そういうことだ。



19/01/13(No.983)

▼カトリック教会の典礼用の聖書は、新共同訳聖書が使われている。カトリック教会にはフランシスコ会訳聖書という立派な聖書があるが、未だ典礼用の聖書に採用されていない。新共同訳聖書の使用が長くなってきたので、切り替えるのはさらに難しそうだ。
▼長く同じ聖書を朗読していると、その聖書の引用句を覚えてしまう。新共同訳聖書とフランシスコ会訳聖書とではニュアンスの違いがあると思うのだが、私が思い出せるのは新共同訳聖書だけになってしまった。フランシスコ会訳聖書を親しく読む努力が足りない。
▼そう言えば、中学生の勉強の始めは、天主の十戒を唱えさせている。「初めの祈り」でない理由は二つあって、「初めの祈り」はもう練習する必要がないだろうということと、この子たちが頻繁に天主の十戒を唱えて、覚えて欲しいからだ。堅信組の祈りの試験の遠い準備でもある。
▼似たようなことだが、私もふだんの聖書朗読に、フランシスコ会訳聖書を読むのが良いかも知れない。新共同訳聖書の朗読はもう十分やってきたのだから、フランシスコ会が心血注いで完成させた日本語訳聖書を体に覚えさせるために、今すぐ取りかからないと間に合わなくなる。
▼自分がどうこうできる問題ではないが、フランシスコ会のこれだけの大作を、日本の司教団はどう根付かせるのだろうか。ちなみに昨年末に「聖書協会共同訳」というのが出版された。新共同訳聖書のようなものだと思うが、今後この聖書がカトリック教会の典礼用聖書として採用されれば、ますますフランシスコ会訳聖書の典礼採用は遠のくのだろうか。



19/01/20(No.984)

▼とうとうトレーニングはルームランナーばっかりになってしまった。外を走りに行くとそれなりの格好をしなければならないし、寒い上に日焼けする。ルームランナーだと30分のトレーニングを30分でこなせるが、外に出るとそうはいかない。まぁ、簡単に言えば怠けているのだ。
▼始めてルームランナーの斜度を利用してみた。1.5度、3度の傾斜をつけることができて、3度の傾斜で使用している。たかが3度だが侮るなかれ。これまでのフラットな状態でのトレーニングより30%くらい負荷がかかっているように感じる。なかなかいいぞ。
▼外を走ると「土曜日は説教を考える時間が欲しいから休み」と簡単に口実を見つけていたが、ルームランナーは短い時間でもトレーニングできるから言い訳はできない。やるか、やらないか。それだけだ。カレンダーにもトレーニングした時間の「30」という書き込みをすることにした。
▼世の中、ブログは掃いて捨てるほどある。最近またブログを追加した。AmebaブログとLineブログ。何かどこかで目にとまる人が、日常生活をいったん足を止めて心を神に向ける場所になれば。説教の原稿は拙いが、理想は高い。
▼水が、ぶどう酒に変わる。平凡な人間が、神の指のわざを届ける道具に変わる。人間は弱くて、間違いも犯すし何者かであるかのような勘違いもする。そんな「ガラクタ」を、神は辛抱強くご自身の道具として使ってくださる。常に、取り扱うことの重さを、忘れない、自分に言い聞かせる、そんな積み重ねで日々を過ごしたいものだ。



19/01/27(No.985)

▼いよいよ司祭団マラソン大会だ。厳しい天気が予想されるが、スタートラインに着く自分の姿は思い描くことができる。たいした練習は積んでないが、正月からほぼ毎日、40分ほどの練習をした。順位争いのレースはできないが、楽しく走って帰りたい。
▼教会報の「瀬戸山の風」に「それでもマラソンに行く『おかしな』理由」として記事を書いた。辛い思いをして、納得していない順位を走る姿に「頑張れ」と声をかけてもらう。自分でも変人だと思う。それでもよい。苦しい思いをして年の初めを乗り切れば、一年の苦労などたいした苦労ではなくなるはず。
▼しかも今年は、司祭団マラソン大会を終えた後も、ルームランナーに乗っている自分を思い描くことができる。今年の収穫はこれかも知れない。司祭団マラソン大会も、かなり長い「毎日の練習」の一環。そういうイメージを描けているので、ことしこそもたついた身体とおさらばだ。
▼金曜日の中学生の教会学校で、「毎日続けることは英雄的行為だよ」と話した。毎日ルームランナーに乗る(およそ150キロカロリーを消費)のを「英雄的行為」とは決して思わないが、またいつか中学生に「英雄的行為」に触れる時に、毎日続けていたら自信を持って「たとえ」として紹介できる。


19/2/3(No.986)

▼今年のマラソン大会は、本気で「通過点」だと思っている。トレーニングをする中で当日を迎え、今日(土)も練習を再開している。カレンダーにもトレーニングに掛けた時間を真面目に記録している。あと1〜2ヶ月もすれば、私の顔はヘルメットの中でも隙間ができるだろう。
▼暴飲暴食もしなくなった。全くしないというわけではないが、トレーニングのおかげなのか、急に体重が増えることもなくなった。あちこち疲労は残るが、痛めて翌日練習を休むという場面は全くない。とても良い状態だ。案外これが唯一心配な点かも知れない。
▼2月5日は日本26聖人殉教者の祝日。教区主催のミサは明日3日に26聖人記念館前の広場でささげられる。都合があって行けない。5日に、田平教会でミサをささげる。この田平教会は26聖人にささげられた教会だ。26人の司祭を輩出することを目指してささげられた教会だ。
▼現時点で22人なので、26人目を見ることは私はないが、いつの日にかそういう日が来て欲しい。そう願ってミサをささげようと思っている。私たちは現実が22人であっても、26人になることを悠然と願ってミサをささげる。
▼「今こういうことをして何になるのか。」今を見て考えればそうだろう。しかし教会の歩みは50年とか、100年の歩みでもある。私は揺らぐことなく、まかれた種が実を結ぶことを信じ、悠然とミサをささげる。



19/2/10(No.987)

▼「イエスのことばに信頼して一歩を踏み出すと、状況は一変する。」果たしてそうであろうか。そうであって欲しい。放蕩息子のたとえは、父親の財産を無駄にしてしまったが、かつて父に愛された日々を思い出し、立ち直った。財産は無駄になったが、父のことばによって生きる者となった。
▼大好きな韓国ドラマの中で、「イ・サン」というのがあって、その中である人物が牢に入れられ、牢の中からこう言う。「大きな権力を手にした者は、転落も早いものだ。今の私がそうであるように、いずれそなたも同じ目に遭うであろう。」野心に駆られた人物が、野心に燃える同じタイプの人に忠告する。そして同じことがドラマでは起こった。
▼私たちは神の手の中にあるのだから、神の言葉に信頼を置いて一歩を踏み出すのでなければ、やはり世の中と同じ目に遭うのではなかろうか。神の言葉に信頼を置いて再出発するために、この世のものをどれだけ失っても、再出発さえできれば。実はそこまでの気持ちには到達していないのだが、そうでありたい。そう信じたい。
▼いよいよプロ野球もキャンプ情報が入り出し、自分もじっとしていられなくなってきた。日南キャンプを視察しに行こう。今年の目玉は長野選手。自分としては、「巨人の看板」を引きずっていないか、その辺を見てみたい。すっかりチームの一員となってチームを盛り上げてくれていたらと、心から願っている。


19/2/17(No.988)

▼田平から宿を取った都城市まで車で走った。6時間もかかった。帰りも6時間。片道5千円くらい浮くけれども、数人で行くならまだしも、一人で行く時は交通費がかかっても公共機関で行くべし。都城グリーンホテルに到着した時は、ばったり倒れてしまった。
▼一通り、周囲の町を見渡す。都城駅周辺も、結構な都会だった。ここでは夕食だけしかお金を使わず、明日の日南市油津にある天福球場までの道のりと、明日球場に着いてからどの選手を見ることができるだろうかと思うとじっとしていられなかった。
▼翌日。朝早くから朝食をとって、ナビの言われるままに一時間ちょっと車を走らせた。そう言えば思い出した。朝、車を見たらボンネットも屋根も凍っていた。「宮崎だよね?ここ」首をかしげる。車のエンジンをかけ、暖房を入れてしばらく氷を取り除く。
▼一時間ちょっとのドライブが、どこをどう走ったかは分からない。気にもしていないが、日南市の漁港がナビに現れた時、道路に立て看板が見えた。「カープキャンプ観戦駐車場はこちら。」正確な表記は覚えていないが、その看板を見た時「キター!」と思ったのは確かだ。ひょっとしたら、それで満足して田平に帰っても構わない、それくらいの興奮だった。
▼駐車場に車を置くと、人が集まっている場所があり、のぞいてみると球場行きシャトルバス乗り場だった。30分おきにバスが運んでいるそうで、ウキウキして乗ると、同乗した年配の人たちが得意げに自分のひいきの選手が昨日はああだった、今日はどうだろうかと話をしている。それだけで、「盛り上がってるなぁ」と思ったのだった。
▼準備体操を重ねている頃に球場に入った。長野選手を探していたのだが、お恥ずかしいことに見つけられない。そうこうしていると近くにいたファンが「あ、あれ長野じゃ?」と言っている。慌ててカメラを向ける。熱心なカープ女子の用意していたカメラに驚く。長さ50cmはあろうかと思われるレンズをセットしたカメラを一脚にセットしていた。それに比べたら私のEOS Kiss X9がオモチャに見えた。



19/2/24(No.989)

▼堅信式が先週終わり、ほっとした。この子たちが田平教会、平戸地区の希望となっていく子供達だ。よく話を聞いてみると、全員部活のキャプテンだという。人気・実力が無ければ、そう選ばれるものではない。
▼初聖体が今週行われる。女の子一人と、男の子二人。頭の回転の良さそうな子供がいる。その子が必ずしも教会に親しんでくれるとは限らないが。ただ、頭のいい子は将来何かを成し遂げ、結果を残す。それが回り回って、歳を重ねた自分に届いてくれたらと願うばかりだ。
▼先週と今週、子供のために説教を考えてみた。子供は勘がいいから、話が真実かどうかをすぐに見抜く。私の説教は、子供達に真実と受け止めてもらえるだろうか。騙せる人を騙せても、子供を騙すことはできない。
▼とても良い話をいただき、ボートが利用できるようになった。いろいろ備品が必要になる。そろえていく楽しみがある。ただ、「ここは結果を出せる場所だ」と言える場所をまだ見つけていない。これからいろんなことを試して、人を乗せて案内できるようになりたい。


19/3/3(No.990)

▼メガネがいまいち合わなくなってきたのでメガネを新調しに行ったが、新調する前のメガネのほうがしっくりいくというのはガックリというもの。その場では店員とよく相談して選び、作ってもらったのに。
▼これから、四旬節は黙想会のシーズン。あちこちの黙想会に手伝いに行くことも。長崎教区は教区全体として四旬節を過ごしているということか。喜ばしいことだ。この黙想会を通して、今週の福音が求める「自分の目から丸太を取り除く」季節につなげたい。
▼暖かい冬だった。雪を見たのは一度だけだったのではないか。ある先輩司祭が「暖冬の年は猛暑になる」と言われた。どのような影響でそうなるのか分からないが、経験があるのだろう。夏が好きでなくなってきたので、今年は何を楽しみに過ごそうか。
▼8月12日振替休日に、広島の恩人を頼って広島巨人戦のチケットを入手できないかお願いしていた。最近のニュースでも取り上げられたとおり、マツダスタジアムのチケット入手は困難を極めている。残念ながら、恩人が八方手を尽くしたにもかかわらず、チケットは入手できなかった。
▼ところが阪神広島戦を今年は予定に入れている。阪神主催のゲームだ。このチケットを入手するために、「不本意ではあるが」ファンクラブに入った。入会金2700円を払ってでも、チケット売買サイトで入手するよりも割安なのだ。
▼田平教会に「阪神ファンクラブ入会案内」が届いた。想像できるだろうか?この真っ赤なファンの家に、虎ブル発生。会員冊子など、読みもせずに机に積み上がっている。いったい誰が、この情景を想像できただろうか。



19/3/10(No.991)

▼陸の地図は普通に「地図」と呼ぶが、海の地図は「海図」と呼ぶ。海図もいろいろあって、海底の地形を詳細に示したものから、プレジャーボートに「少なくともここは岩があって危ないよ」くらいの地図もある。釣りに必要なのは詳細な海底の地形だ。
▼長崎県北部に当たる海図は、転勤をしらされたときにすぐに入手した。これで釣りするぞ!と思ってワクワクした。実際その地図を頼りに何度が海に出て、地形が正しいか、地形が教える魚に出会えるのか確かめた。ただ私の腕が悪くて、あまり活用できなかった。
▼その「長崎県北部版」をあらためて見ると、さらに狭い範囲に四角の囲みが見つかった。193番という数字も見える。これはつまり、「このエリアに関する詳細な地図がありますよ」という案内だ。早速海図ネットショップを当たり、2700円の品物だが送料1300円くらい払って(たけぇ!)手に入れ、眺めている。
▼まるで、「平戸瀬戸は俺の海だ」みたいに気持ちが大きくなって眺めている。これまでの「長崎県北版」よりも詳細な地形図になっている。これを見ると、この前まで釣りをしていた場所がどのような地形か、確かに手に取るように分かる。
▼では、なぜこの海図をもっと早く手に入れなかったのか。理由は二つある。一つは、長崎県北部版を手に入れたとき、確かに平戸瀬戸エリアの海図を示す囲みは合ったと思うが、私の見立てが甘かった。つまり、「自分は平戸瀬戸のようなちっちゃなエリアにこだわらずに平戸全域で釣りをするのだ」こんなふうに考えていた。
▼もう一つは、赴任して早速平戸瀬戸に行ったその最初、速い潮の流れに手こずり、「これはもう釣りにならない。私の腕では太刀打ちできない」と観念したのだった。だから平戸瀬戸の海図があっても仕方ないではないか。そんな気持ちだった。
▼今は違う。もう一度挑戦する気持ちがわいてきた。お客様が来るので。天気次第だが、アラカブをお客様と釣って、味噌汁を味わいたい。その夢の実現のために、平戸瀬戸の攻略法を探ろうと思う。


19/3/17(No.992)

▼司祭の恵みを頂いたとき、真っ赤に焼けた鉄のようだったと思う。まだ熱量があり、どのような形にも変わることができた。数年の助任生活でハンマーでたたいてさらに鍛えられ、立派になった。人前に出しても恥ずかしくない状態に仕上げてもらい、それから主任となって派遣されていった。
▼しかし今はどうだろう。鋼の表面には錆が目立ち、腐食が進み、脆くなっている。粘りもなく、力が加われば折れてしまう。そんな状態だろうか。腐食の進んだ鉄はもはや「鉄くず」。残念ながら解体処理しかないだろう。
▼いっそのこと、もう一度溶鉱炉に投げ込まれたらと思う。身をこがず思いをするかも知れないが、溶かされてもう一度形を与えられるなら、残りの20年か25年かを良い形で奉仕できるのではないだろうか。幸いに私たちには家族がいないから、溶鉱炉で溶かされてゼロからの出発でも何も問題は起こらないのだから。
▼最近毎日のようにルームランナーに乗ったおかげか、一年前のズボンに両手がすっぽり入るようになった。朝ミサに二度寝して慌てて駆け込むにしても、ズボンにベルトを通さずに行くと大変なことになる。ズボンがぶかぶかなので、ミサ中に内股に歩いてズボンが落ちないようにしなければならない。
▼身体が絞れて、ズボンが落ちるのも、肉体をいったん溶鉱炉に投げ込んで形を与え直してもらうようなものだ。数年ぶりに77キロ台に突入した。これまでどれだけ重い身体を引きずって歩いていたのだろう。こうなったらもう少し目標を高く据えて、75キロ台を目指してみたい。



19/3/24(No.993)

▼教会の典礼上の規定では、四旬節中は主日に葬儀・結婚式をミサを伴う形で行うことができない。そうなると「ミサを伴わない儀式」ということになる。やはり当人たちには「ミサをしてもらいたい」という気持ちがあるので、こちらとしても心苦しい。
▼21日(木)に高齢のご婦人が亡くなった。通夜と葬儀の日程を組む。連絡が21日の夜だったので、「日曜日を葬儀に指定するかもしれない」と思っていたが、ご遺族から「日曜日になるとミサの葬式はできないんでしょ?」と尋ねられた。規定を説明したことをよく承知していて、先に聞いてきたのだった。
▼「そうなんだよ。金曜日に通夜、土曜日に葬儀ミサがいいね。」私もミサをささげて送り出したかった。そして実際にそのようになったのでほっとしている。ただこのようなケースはこれからも考えられる。一つ一つのケースに説明をするのかと思うと、もっと緩和してもらえないかと思うこともある。
▼もちろん、結婚式を四旬節中に、というのは本人たちによく説明しておくべきだ。だが葬式は、個人の死は、誰にも止められない。そう考えると葬儀ミサだけでも、規定を緩和してもらえないだろうか。
▼葬儀をして送り出した故人は、司祭の親戚がいて、大変お世話になった歴代主任司祭もいる。私はただ、3年間お世話しただけなので、関係の司祭が来てくれるなら、謝礼もそっくりお渡しするのでお願いしたいくらいだ。
▼土曜日はただでさえ忙しいので、葬儀が入った土曜日はこんなものだと、今回のことで頭と身体が同時に理解するだろう。頭では理解できても、身体がうまく受け入れるかどうか。身体と頭は繊細だ。頭が付いていかないこともあれば、身体が受け付けないときもある。


19/3/31(No.994)

▼田平小教区は教会報を出している。月末に発刊しているので3月は30日に編集して30日と31日のミサで各地区の連絡員さんが配布する。当然(だと思っているが)主任司祭は毎月原稿を提出するので、月末のタイミングを意識していなければならない。
▼ところが今月3月に限っては編集会議のその日まで原稿のことを思い出しては忘れの繰り返しだった。結局、編集会議が午後に開かれるという30日の午前中に慌てて提出した次第。考えは少し前からあったものの、慌てたことに違いはない。
▼司祭になって最初の赴任地で、「薬にも毒にもならないことは書くな」と主任司祭から言われたことがある。これはいつも肝に銘じていた。しかし、ここ田平にいたって最初の主任司祭にお詫びをしなければならないかもしれない。とうとう、「薬にも毒にもならない記事」を書き始めているのではないか。そう思うことがある。
▼薬にと思って、あるいは毒を吐いて、記事を書くと、それなりに厳しい反応が返ってくる。それは覚悟の上、と思っていたが、「薬を薬と思ってくれなければ、毒を毒と思って警戒してくれなければ、書いても同じか。」どこかでそう思っている自分もいる。
▼何というか、少し燃料が燃えなくなってきたのだろうか。洗礼者ヨハネのような「燃えて輝くともしび」であるはずの使命を見失いつつあるのか。務めをこなすだけで、思考を停止させているのか、とにかく自分が自分でなくなるような感じか。
▼自分と向き合い、自分に声を掛ける必要を感じている。



19/4/7(No.995)

▼司教様と暮らす日々は、想像した通りではなかった。ふだん大司教と毎日暮らす秘書とか、関係者の方々の思いに初めて触れた三日間だった。たいして気を遣わない私でも気を遣ったのだから、ふだん神経の細やかな人は、どれほどだろうか。
▼大阪に大型連休は足を伸ばすことにした。とは言え連休後半には「クルシリヨ」という錬成会が長崎黙想の家で計画されていて、少なくともその感謝のミサには参加しなければならないと思うから、大型連休の計画は大阪行きとクルシリヨ感謝ミサ・茶話会の2つを予定している。
▼事務的なことでは、教区評議会総会が5月3日の日付指定で行われるので本来は参加すべきだ。ただ今回は異動する司祭たちの日程もあり、流動的だと思う。私に届いた参加案内には「欠席(委任します)」と出したが、場合によってはあらためて教区評議会に「出席します」で出し直す必要があるかもしれない。
▼大阪では人に会う。田平を離れて子供達に引き取られたご老人だ。私が田平に来て出会った恩人である。田平がよほど懐かしいのか、大阪に来てからは元気がないと聞いている。私はイエス・キリストではないが、元気が出るきっかけになればと思い、田平教会報「瀬戸山の風」を届けに行く予定。
▼「予定はそれだけ?」勘ぐられるのも当然である。なぜなら別のときに「野球観戦のチケットを買うため、不本意ながらタイガースファンクラブに入った」と触れたことがあるから、「この連休で大阪に行くなら、それだけではないでしょう」と言われて当然なのだ。
▼ご推察の通り。ただ広島阪神戦(ビジターゲームだから阪神広島戦か?)は自由に観戦させて欲しい。


19/4/14(No.996)

▼「逃した魚は大きい。」これは釣りの定説?だが、分からないでもない。私は二度、ラインをぶち切られて魚を逃したことがある。どちらも経験不足と言えば経験不足だが、もう少し考えると準備不足、心の準備不足である。
▼一度は伊王島港の目の前で。想像だが、あれはスズキとか、シーバスと言われる魚だったのではないか。みるみるうちに竿が海中に突き刺さり、建て直す暇もなくブチッと糸を切られた。あの日はアジ釣りをしていて、アジの仕掛けにスズキがかかったとしたら、ひとたまりもない。
▼もう一度は浜串で。こちらもタイラバで経験を積み始めている頃。しかも竿は本来スズキなどを強引にたぐり寄せる固い竿だ。もう少し柔らかめの竿であったなら、また違ったかもしれない。さらに悪いことに、ラインを引き出されたくないものだからそのままなら取り込めたはずのドラグのテンションを強くしてしまった。綱引きとなり、あっけなく引きちぎられた。
▼魚を逃がすのは「予想していないときに釣れた」からであり、「予想や見立てが甘い」からであり、最終的には「何が釣れるか分からない」という心の準備が足りないためである。これらのことを総合して、「逃した魚は大きい」のだ。
▼それからすると、今回仕留めたタイは運が良かった。準備は良かった(1キロ未満の魚を想定して道具のセッティングをしていた)わけだが、格闘し始めて「ショックリーダーに傷がなかっただろうか?頼むから切れないでくれ!」この一念で格闘して仕留めた。あとでぶら下げる秤にかけたところ、7キロの大物だった。浜串時代の4.3キロを楽々越えて新記録となった。
▼オチがさらに面白い。私はタイラバ釣りでは基本的に300円〜400円の疑似餌を使っている。しかしこの日は、釣るつもりが端からなかったので、5個入り260円のタコベイトを結んで釣りをしていた。だからあのタイは、人生(人じゃないが)最後に口にしたのが52円のタコベイトだったわけだ。これは残念。すべて無駄なく食べた。安らかに。



19/4/18(No.997)

▼NHK総合、日曜日朝の番組で「演芸図鑑」というのがあって、三遊亭圓歌師匠の落語が披露された。だが三遊亭圓歌師匠は亡くなったはずだが、と思っていたら四代目が決まり、七月に襲名披露を行うとのこと。それを周知するために、各地を回っているのかなと思いつつ、新しく三遊亭圓歌を襲名する師匠の落語を聞いていた。
▼人情話というジャンルなのかなと思った。演目は「母のアンカ」というもので、幼い頃母親の太ももに足をくっつけて寝ていた少年に、生計のために大阪に出稼ぎに出ている母親から電気アンカが届く。これで寒い日も温かくして眠った少年がのちに大人になり、母にこう尋ねる。
▼「お母ちゃん。当時は新婚旅行は宮崎鹿児島がブームだったよね。どうしてお母ちゃんは宮崎鹿児島の温泉に就職しなかったの?どうして大阪の紡績工場に行ったの?遠かったから二年に一回しか会えなくて寂しかったよ。宮崎鹿児島だったら、毎週会えたのに。」
▼母はこう答えた。「サトシ。お母さん知恵が足りなかったね。ごめんね。」涙を絞り出すような落語でもらい泣きした。たしかに宮崎鹿児島に就職していたら、毎週でも会えたかもしれない。だがそうなっていたら、この落語は完成せず、四代目襲名の日もまた違っていたかもしれない。
▼すべては出会うべくして出会っている。起こるべくして起こっている。神はやはり、愛のほかに与えることがないのだと思う。神の愛に応えて、私たちも愛に背くものを願ったり人に与えたりしてはいけない。



19/4/19(No.998)

▼皆さんにも、「今年こそは」という何かがあるのではないだろうか。私が今思いつくのは、「今年こそはエアメールをフランスに送るぞ」ということ。ここ田平に来てから復活祭とクリスマスにフランスから手紙が届いている。それなのに一度も、返事を出していないのである。
▼相手は、田平出身の幼きイエズス会のシスター。几帳面に手紙を書いてくださるのだが、フランスの住所を見るたびに「あー、自分が書いた住所で届くだろうか」とひるんでしまい、今まで出せずじまいなのである。ただの言い訳だが。
▼そのシスターが一度、ふるさとに帰ってくる機会があって、お目にかかったことがある。高齢ではあるが、気骨のあるシスターで、フランスでもバリバリ活躍していそうな雰囲気を持つ方だった。私はどうしても、今年の復活祭には手紙を届けたい。
▼幸いに、親戚には私の後輩に当たる司祭もいて、いよいよとなればこの神父様に住所を書いてもらえば済む。そんな大船に乗った気持ちで、「今年こそは」手紙を届けるのだ。
▼「今年こそは」ですでに達成していることもある。ルームランナーで身体に刺激を与え続け、体重はここ数年で一度も到達していない77キロ台になっている。体脂肪率がまだ23%台、まれに22%台の時もあるが、こちらもできれば20%台に持っていきたい。健康的な身体、もっと言うと「おじさん体型」を脱したいのである。すでに脱しつつある。
▼皆さんの「今年こそは」は何だろうか。イエスは死んでいる人に「出てきなさい」と言い、三十八年間寝たきりの人に「起き上がり、床を担いで歩きなさい」と呼ぶ。だから不可能と思える目標でも、イエスに信頼を寄せて始めよう。イエスが声をかけてくだされば、不可能も可能となるはずだ。






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19/4/20(No.999)

▼広島カープは復活するだろうか?延長戦1イニングでの12失点はプロ野球新記録だとか。開幕から4カード連続で負け越した場合の優勝の確率は0%だとか。気になる材料には事欠かない。四月にこれだけ出尽くしたら、もう不安材料はなくなるでしょ。
▼復活の主日までのささやかな楽しみは、朝が遅いこと。聖木曜日、聖金曜日、聖土曜日朝のミサをしない。聖金曜日はもちろん終日ミサができないけど。だから朝7時までゴロゴロするのだ。ゴロゴロというのは、悲しいことにどうしても目は覚めるので、それでも布団から出ないということだ。
▼今年の運は、4月8日(月)にすべて使い果たした。7キロの鯛の話はすでに触れたが、さすがにこれ以上はなかろう。大鯛の実績のある場所に誰か連れて行ってくれれば別だが、自力であれ以上の魚に巡り会うのは無理だと思う。そういうことで、運を使い果たしたので残る8ヶ月は運ではなく実力。もしくは運ではなく運命。
▼どうやら今年は、聖週間の説教をプリントにして小教区で配れそうである。ただプリントにして配って、喜んでくれる人がいるのかどうか疑っている。誰かは喜んでくれると思うが、その「誰か」が誰なのか、皆目見当が付かない。
▼何通りかの冊子を考えている。A5サイズとか、B5サイズとか、PDFの形も同時に作るか。たとえば20部用意してすべて無くなれば、来年は40部くらい作ってもいいと思う。ただ、私のアイディアは独りよがりなのか、歓迎されない場面に出くわす。
▼「預言者は故郷では歓迎されない。」私がここで考える「故郷」は「教会」である。このメルマガ、ブログでもカトリックで読まれている人からの反応よりも、カトリック以外の人からの反応が目立つ。もちろんカトリック、それも身近な人もいるが、思いがけないカトリック以外の人の反応には驚く。復活のイエスの働きを届けることがまず第一で、誰に届くかは問題ではない。


19/4/21(No.1000)

▼話のネタを新聞から拾う人がいる。司祭も話のネタを新聞から拾うこともあるが、最終的に司祭が語る材料を拾う場所は聖書である。聖書、特にイエス・キリストの生涯を綴った福音書が、私たち司祭の話の引き出しだ。
▼司祭はまとまった話を求められるとき、当然準備が必要になる。材料を拾ってくる。新聞もあるかもしれない。テレビもあるかもしれない。しかしそれらをまとめる中心線は、やはり福音書であり、イエス・キリストの言葉である。一度時事ネタを満載した講話を聞いたことがあるが、最後に思ったのは「結局何が言いたかったの?」ということだった。
▼私たち司祭がいくらかでもお役に立てることがあるとすれば、それは福音を語るときである。福音を語らなければ、もっとお金になる話も、もっと生活が便利になる話も、専門家は世の中にいる。司祭が太刀打ちできるはずがない。そこで司祭は、司祭でしか活きてこない分野を深く掘り下げるのである。
▼27年目に突入した。なんと27年である。同じことを、同じように、である。それでもよい。引き出しは豊富になっている。深く掘り下げた実感もある。司祭の働きで死にかかった人が明日に希望を置いてみると、前を向いて帰って行ったこともある。それだけでよい。



19/0/0(No.1001)

▼久しぶりに



19/0/0(No.1002)

▼久しぶりに



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