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18/01/01(No922)

▼わたしたちは一年の初めにどれくらい先を見越しているのだろうか。人それぞれだとは思うが、わたしは3ヶ月くらい先を見越して考えている。もっともそれは、90日後までの毎日のスケジュールを見越しているわけではない。
▼たとえば今年の復活祭は何月何日になっているか、それにすぐ返事ができるか。そういう大枠のことである。ちなみに今年の復活祭は4月1日である。そこから逆算すると、3月の第3週あたりには黙想会を組む必要がある。
▼復活祭のおよそ2週間前には、長崎教区内の人事異動が明確になる。ある人にはもっと早く情報が入るのかもしれないが、わたしのように人事に興味のない人には入って来ない。もっとさかのぼると、3月に入るとソワソワする人が出てくるという計算だ。
▼あるいは復活祭2週間後には転勤が実施される。地区の司祭の顔ぶれが変わり、どんなことに強みの出る地区なのか、顔触れを見ればおよそ見当がつく。その中で伸ばせるところ、補い合うべきところ、いろいろ考えながら月に一度知恵を絞るために集まる。
▼黙想会が3月の第3週だとすると、黙想会の説教師には3ヶ月前には依頼する必要が出てくる。12月初めだ。平戸地区は2月第3週に堅信式が組まれている。堅信を受ける子供達(おもに中学2年生)は、1月終わりか2月初めには堅信を受ける準備ができているか試験を受ける。試験問題をわたしは2学期の終わりごろに配った。
▼さまざまな案件を、およそ3ヶ月先を見ながら考える。今年は5月13日に、献堂百周年を予定している。その日まで、一つずつ解決していく課題があり、それがまた楽しみでもある。



18/01/07(No.923)

▼年賀状が送り返されてきた。「あて所に尋ねあたりません」だそうだ。毎年このような年賀が何枚か発生する。昨年末には「新年のあいさつを控えます」と連絡してきた恩人にはがきを出して、それも返ってきた。家までわかっている住所なのに・・・と思った。
▼これだけ進歩した世の中なのに。こんなちょっとしたことで残念な思いになる。新年早々湿っぽい話だが、どうにかならないものか。今年は返却された年賀状を、問い合わせてもう一度郵便で送ろうと思う。
▼お年玉をあげた侍者たちに、「お年玉たまったか?」と聞いたらほぼ間違いなく「たまった」と返事が来た。そんなにたまるものなのだなぁ。わたしの財布からは5万5千円も飛んで行った。5万5千円分手伝ってくれたからいいのでは?
▼週が明けるとさっそく集まりが3つも4つも5つもやってくる。どれも外せない。5月まで突っ走ることになりそう。本当はあっという間の時間の過ごし方の中に、ゆっくり流れる時間、止まっている時間を置きたいのだが。
▼昨日、教会信徒が亡くなり、力不足を感じ残念な日だった。今日、珍しい人が訪ねてきた。毎日目まぐるしく変わる。変わらない真っ直ぐな軸が、自分の中にあるか。ぶれずに、その軸を保ち続けたいものだ。



18/1/14(No.924)

▼新成人が1月1日9時のミサで祝福を受けた。わたしより31歳若い。30歳も!愕然とする。認めたくないものだから、いろいろ馬鹿なことを考える。たとえば1月28日の地区対抗駅伝大会に出たいなぁとか、その2日後に司祭団マラソンに出ようかなぁとか。
▼地区対抗駅伝はまじめに走ろうと思うが(真面目に走ってもビリに違いない)、司祭団マラソンには「田平教会献堂百周年」という文字をラミネートしてウエアに留めて走ろうと思っている。ポスターとか、そういう正当な方法もあるだろうが、わたしは馬鹿だから、自分の売り込みと、教会の行事の売り込みを同時にやろうという魂胆だ。
▼寒いからなのか、猛烈なペースで教会信徒が亡くなり、葬儀を引き受けている。日曜日やお休みを入れる月曜日に葬儀をすると、曜日も分からなくなり、一週間ペースが崩れたまま過ごすことになる。曜日が分からない一週間は、体に良くないことが実感できた。
▼海上自衛隊では、曜日が分かるように決まった曜日、カレーが出るそうである。何曜日なのかは知らないが、食事で曜日を確認している司祭をわたしは知っている。食事で曜日をお知らせするのはけっこう使われているようだ。
▼こう葬儀が続くと、葬儀の説教はつらくなる。悲しい面持ちで葬儀をするのもマンネリ化する。むしろ、思うところをそのまま話し、復活の門前に送り出したと思って晴れやかな顔で送ることにしよう。
▼自画自賛だが、葬儀の説教がよかったといわれた。話した本人の「出来栄え」としてはイマイチだったのに、その人たちには心を打つ話になったらしい。そうだとすればそれはもうカミワザ、神がそのように感じさせたとしか言いようがない。



18/01/21(No.925)

▼先週「地区対抗駅伝に補欠で登録された」という話を入れたかもしれないが、その話を説教の枕で話したら、金曜日に登録してくれた地区の監督がまたやってきて、「選手でお願いします」と相談に来た。
▼断る理由はないが、正直な気持ち、「補欠でよかったなぁ」と思っていた矢先だったので、「これは大変なことになった」と思った。わたしにとっては一大事である。一斉スタートの区間は教会の目の前を通るコース。ほかの選手全員が通過した後に、トボトボと追いかけるわたしがすでに目に浮かぶ。
▼考えてみれば駅伝の襷(たすき)をつなぐのは小学生以来だ。40年も駅伝に出たことがなかったわけだ。中学生から神学校暮らしをしていたわけで、当然と言えば当然だ。地域に献堂百周年を知らせるきっかけになればという思いだったが、思い襷になりそうだ。
▼声をかけられたので土曜日から8日間、実際のコースに出てみようと思う。土曜日さっそく出てみたが、エライことを引き受けてしまったと実感した。
▼スタート地点から教会までのなだらかな登りが、スタート地点に歩いていくときは緩やかに見えたのに、いざスタートしてみると傾斜は2倍に見える。愕然とした。8日間で練習が間に合うはずもなく、穴があったら入りたい気分である。
▼それでも、恥を覚悟で走る。28日の地区対抗駅伝はわたしにとっては通過点だ。30日に五島市福江での司祭団マラソン大会がメインレース。28日にエンジンをかけて、30日にギアを入れるつもりである。



18/01/28(No.926)

▼地区対抗駅伝がやって来た。この文章は前日に書き上げているが、当日はまるで県下一周駅伝のように盛り上がっていることだろう。田平教会が地区対抗駅伝でこれだけ盛り上がることなどかつてなかったに違いない。だからわたしは歴史を築いたのだと思っている。
▼もちろん記録がショボいので、たいした歴史ではないが、歴史の一ページには違いない。何人かの人は地区対抗駅伝が巡ってくれば、「そういえば主任神父さんが駅伝に出てたなぁ」と昔を懐かしむ日が来ると思っている。
▼それにしても急ごしらえでの駅伝はたしかに無理があった。そのあとの司祭団駅伝も含めて、回復のためにはしばらく充電が必要だと思う。充電するためには放電してから。放電するためのいくつかの趣味や計画が湧いてきている。レースに出る前から充電の話だからレベルが知れるというものだ。
▼2月になるとどのプロ野球チームも春季キャンプだ。あー楽しみだ。あーお忍びだ。田中だ丸だ菊池だ。今年こそ。26年ぶりの日本一に手をかけてくれ。ほかの趣味には手を出さないようにして観戦ツアー代を捻出するから、ぜひ今年はファンの願いをかなえてくれ。


18/02/04(No.927)

▼お祈りをお願いしたい。田平教会の高齢の女性が肺炎で命を削りながら病院に入院している。教会のために寛大に土地を提供して駐車場用地を与えてくださった。耳が不自由で、ある時「日曜日の説教原稿をあげようか?」と声をかけたら喜んでくれて、毎週家で読み返してくれる。
▼日曜日の説教原稿は、まさかきちんと読んでくれているとは思っていなかった。ところがいつもていねいに読み直してくれているらしい。わたしはこういう人に支えられて、今に至っていると思っている。だから、もし共感してくれる人がいたら、このおばあちゃんのために祈ってほしい。
▼一方で、「しょうがないなぁ」と同情してわたしに助け舟を出してくれる人にも生かしてもらっていると思う。韓国時代劇ドラマを最近よくDVD鑑賞しているが、王宮で政敵から追放された人が復帰したり、昨日まで手を組んでいた人に手のひらを返されたり、そんな場面を観ていると、「昔も今も変わらないし、人を動かす世界は政治も宗教も変わらないなぁ」と思う。
▼こねて、こね返されて、紆余曲折しながら前進する。それがこの世なのだと思いながら、陰に陽に助けてくれた人に恩返しをする。25年を折り返しとするなら、そういう折り返しをしたいものだ。



18/02/11(No.928)

▼平昌オリンピック、ついつい遅くまで見てしまい、夜更かしをしてしまった。朝はどうしても頭が回らず、少し休ませてもらっていた。そのため説教案を仕上げる時間が1時間くらいずれ込み、昼からの配信作業になりそうだ。
▼昼は昼で、できれば説教案ではない時間の使い方をしたいと思っているので、午前中にメルマガ配信、ブログの更新、ホームページの更新まで終わらせるのが理想ではある。そこまでできていれば、午後に急に病院に呼ばれても、あるいは来訪者の応対が必要になった場合でも、説教のことを気にしないで済む。
▼このような考えに落ち着いたのは、初めて主任司祭になった太田尾小教区の時だった。それまでは助任司祭だったから、任せられた範囲は限られていたが、主任司祭は小教区で起こりうるあらゆる状況に対処しなければならない。
▼「説教が出来上がっていないから病院に来るように言われても無理です」とは言えない。だから、「土曜日の午後は、ない物と思うべきだ」という結論にたどり着いたのである。もちろん何もしないのではないが、すぐにその場を離れることができることにとどめて午後は過ごしている。
▼小さなことだが、主任司祭になってより「司祭はもう一人のキリスト」「司祭は仕えられるためではなく、仕えるために存在する」そういうことが実感としてわかるようになってきた。オリンピックの厳しい練習を積み上げた人にはかなわないが、司祭もどんな環境にあっても結果を出せるよう、日々自分と向き合っている。


18/02/18(No.929)

▼皆さんにお祈りいただいたおかげだろうか。病者の塗油の秘跡を授けたおばあちゃんは、その後も病院での入院生活だがひとまずの危機は脱したようだ。神が定めた時はだれにも分からない。毎日神に自分をゆだね、明日を思い煩わないで生きようではないか。
▼話変わるが、司祭生活25年の中でまともにぶつかってまともに言い返された経験が3度ある。1度目は結婚準備の勉強会を引き受けたカップルが頻繁に勉強会を休むので、このままでは結婚式を引き受けられなくなると本人に伝えたら、男性側の父親から電話できついことを言われた。
▼「前の神父が長男の結婚を引き受けてくれた時は簡単に勉強会を済ませてくれたぞ。お前はそれでも神父か?」全く受け入れられなかったが、念のため父親の家を訪ね、もう一度勉強会の大切さを説明した。家を訪ねて初めて知ったが、その家は布団屋さんで、中学1年生で神学校に入学したときにお世話になった店だった。
▼2回目は、ある離島でのこと。人からミニトマトを提供してもらった。その人が「キンカンが手に入ったので、どうぞ食べてください」と言う。どう考えても黄色いミニトマトだったが、本人には「キンカン」らしい。わたしは言った。「食べるまでもなく、これはミニトマトだよね」
▼その人はむきになって「何を言ってるんですか。これはキンカンです。昨日わたしは家で何個か食べたのですから。」「じゃあますます、トマトだよね。わたしの実家は裏庭にキンカンが植えてあったから、間違いようがない。キンカンだと言うあなた、病院に行って診察してもらったら?」
▼これには相当頭に来たらしく、「わたしを侮辱するのですね。お前が病院に行きなさい!」と言い返された。しかたなくその人に果物ナイフでミニトマトを半分に割ってもらい、目の前で食してもらった。そこでようやく「すみませんでした。これはトマトですね」と認めてくれた。
▼3度目はついこの前である。主任司祭として、場合によっては強く言って、事の重大さを理解させるために出た行動の顛末。ある人に電話をかけ、語気を強めて「司祭館に来てください。すぐに来てください」と言った。その人は何か言っていたが、それを遮って「すぐに、今、来なさい!」と言った。
▼するとその人は、わたしにとって生涯忘れない言葉を返してきた。年下の者から話を遮られた上に強い口調で命令された年配者が、堪忍袋の緒が切れて吐く言葉である。想像に任せるが、わたしは最終的にこう思った。「この人は育てたい。」つまり、主任司祭が強い覚悟で司祭館に来なさいと言ったなら、「これは余程のことだろう」と察し、飛んでくる。そういう人に育てたい、と思ったのである。
▼そこまで育つかどうか。これは主任司祭の力量だ。育たずに終われば、わたしはその程度の司祭ということだし、育てば、何事か教会で起こったらすっ飛んでくる、そういう芯の一本通った信者を田平教会に用意してあげることになる。百周年の収穫が、当然予想される場所とは別に、思わぬところであるかもしれない。



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